【Religion】太陽信仰と自然と地域。

太陽信仰って良く聞きますよね。
たとえば、
  • アステカ神話
  • インカ神話
  • エジプト神話
  • ギリシア神話
  • ケルト神話
  • ペルシャ神話
なんかがよく聞かれる太陽神が出てくる神話で、アステカとかはとくに有名で、他にも、ローマ神話のアポロンとか、最近話題になった伊勢神宮の天照大神とかも太陽神ですよね。
よく見てみるとみんなそこそこ赤道に近い地域で興っているみたいです。

個人的なイメージだと、南極、北極なんかに近い極夜がおこる地域なんかで興りそうな気がする訳です。
なにせ、「太陽が出ない」ことがある訳ですから。
こういう地域で生きていた人たちは太陽のありがたみが本当に身にしみて分かっていると思うのですが、そうでもないみたいです。
というか、こういう極地で生活している人たちのあいだでの信仰は口伝がメインなんでしょう。
つまるところ、信仰とか宗教とか言うものの大半が豊かな地域で発展していった、発展するだけの生活の余裕や人口がないといけないのでしょうね。
伝道師や宣教師という人たちがお布施などで食べていけるのも、それなりに生活に余裕があるからなんでしょう。
ボクがこうやって色々考えられるのは余裕があるからなんですね。

極限の土地に暮らす人たちには、毎日が戦いで生きる為のすべを身につけなくてはいけなかったり、他人からの施しで食べようなんていう心構えでは生きて行けないのですね。
そして厳しい自然とともに生きていく。

日本の自然は他の地域と比べても非常に力強く、災害や人の手が入っても元に戻りやすかった、と聞いたことがあります。
太陽による恵みを受けて作物がとれ生活が安定するっていうのが、太陽信仰の根底にあるのでしょう。
そして、恵みが人に迷いを与え、迷いをなくす為に信仰を与えてコントロールしやすくする。
宗教の原型のようなものは、地域社会の道徳の授業であったというの、ボクもその通りだと思います。

極限地域の社会構造は日本の限界集落と似ているような気がしますが、根本的に違うのはゆとりとか余裕とか多様性なんでしょう。
ゆとり教育のせいで『ゆとり』という言葉が悪い意味の様に捉えらえる風潮が出来上がってしまいましたが、極限地域と比べれば日本社会全体がゆとりだらけだとおもうわけです。

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