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【機材レビュー】Wampler Pedals / Plextortion

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月末恒例機材レビューです。
2回目ですが恒例にしてみます。
これで毎月一ネタ稼げますね。目標である毎日1記事が少し楽になります。
しかも、動画をあげれば色々コンテンツが増えてちょっと嬉しかったりします。

さらにこのブログ、この記事でなんと50回目になりました。
パチパチパチパチ
このブログ、自分のTwitter(13フォロワー)とFacebook(友達35人)でしか宣伝していないのに、なぜかユーザー数が3桁越え。
どこの層が見てるんでしょうか?
謎です。
いつも見てくださっているそこのあなた。本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。osz

では始めましょう。
今日の対象製品はこちら。
Wampler Pedals / Plextortion



中身はこんな感じです。

Wampler Pedalsの製品はいつもこんな感じで中身が結構きれいに整理整頓されてます。

ではレビューしたいと思います。

このペダルは2つのモード、VintageとModernがありますが、ざっくりとした違いを言うと、
Vintage → 若干音がへっこんでソフトな音像。中低音寄り。
Modern → 倍音が多くジリジリとした音像。中高音寄り。 TS系ODが好きな人にはVintageがオススメです。
実際自分も使用するのはVintageだけです。
Modernはいらない音(欲しくない音)が多くなる感じです。
逆にVintageはそのままだと音が籠ってしまうので、EQでBassを削りMidとTrebleをシチュエーションに合わせてあげてあげるといいですね。
そもそもWampler PedalsのEQはあまり効く範囲が広くないので扱いにくい印象があります。
また上記理由から、いくらEQをいじってもペダルのキャラがなかなか変わらないので、ハマったり好きになったら使い続けられると思います。
Wampler Pedalsの製品は今まで何個か所有していましたが、ギターとアンプをかなり選ぶ傾向があります。
試奏はした方がいいと思います。
ただ、自分は安くなるので試奏をせずに本家サイト(http://www.wamplerpedals.com)から購入しましたが。
個性の強いWampler Pedalsですが、その中でもPlextortionは非常に使いやすい部類だと思います。
その…

だからボクはThe Whoが好き。

このブログでいつだったかキース・ムーンが好きって書いたような気がします。
そんな訳で、彼の所属していたバンドThe Whoについてボクなりに思うところを書いてみようと思います。

そもそもThe Whoと出会ったのは、学生の頃にTSUTAYAでバイトをしていた時です。

その当時、ガンガンのロッカー、メタラーで、ガンガンに音楽を漁り聞いていた時期です。
大学1〜2年の頃ですかね?
当時のボクは手に負えないやんちゃボーイ(というよりは切れたナイフ)でした。
喧嘩は売るわ暴言を吐くわ周りの人は大変だったと思います。
思った事を口にするのは今も対して変わらないかな?
それでもやんちゃであることには違いなかったです。
やんちゃな事がロッカーだと思っていた時期でもあります。

で、TSUTAYAでCDを店員特権を使い借りまくり、あらゆるジャンルを聞きまくってました。
そこで自分の心をつかんで離さなかったバンドが2つありました。
そのうちの一つがThe Whoです。
The Whoについての詳しい説明はWikipedia(ザ・フー)さんに譲りますが、ロック創世記に生まれたバンドたち、

ビートルズローリングストーンズザ・フーキンクス
ここら辺は意識せずとも名前が耳に入ってきたと思います。
(ボクの思う、日本での知名度順なので、もしかするとキンクスとか知らない人がいるかもしれませんが。)
ビートルズは物心つく前から母親に聞かされていたのと、ローリングストーンズはギターを習い始めた中学生の頃によく聞いていました。
ザ・フーとキンクスについては名前を知っているだけで知名度も前2者に比べて低く、結局古くさいロックとして手を出していませんでした。

多分、自分はThe Whoと出会ったタイミングがとても良かったのかもしれません。
自分が大学生の頃。折しもパンク・メロコアブームまっただ中でした。
パンクの源流である伝説的存在、The Whoは時代を超えて来るものが合ったんでしょうね。
もし、少しでも時期がずれてたらそうはならなかったと思います。
ニルバーナとかグランジが流行ってた頃に聞いていたら、古くさいで終わらせてたかもしれません。
そういうタイミングって非常に重要だと思うんですよ。

特に好きな点が、The Whoって個々のスキルが非常に高いのに全体的にまとまっているような感じがあるところです。

京都に歌舞伎揚がない、なぜ?

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ちょうど一週間ほど前、実家から米が届きました。
ありがたや、ありがたや。

お米の他にいくつかお菓子が入っていました。
ありがたや、ありがたや。
その中に入っていたものの一つがこちら!!

歌舞伎揚きたーーーー!!
ひゃっほーーーーー!!

と、ルンルン気分になっていました。
ボクの好物を知っている、流石両親。
伊達に長年すねかじりしていたわけじゃないです。

それにしても、最後に歌舞伎揚を食べたのは、実家に居たときに、おとんが買ってきていたのを盗み食いして以来なので、なんと半年以上前!!
なぜ、好物の歌舞伎揚をこんなに長く食べていなかったんだろう。。。
そんな事を思いながらスーパーや商店街、果てはお菓子のスーパーまで行って探した結果、どこにも置いていませんでした!!

なんで?
どうして、こんなに美味しいお菓子が置いてないの??

と不思議に思ったのでググってみました。
今は良い時代ですね。
疑問はすぐに回答が出ました。

関西には歌舞伎揚ではなくぼんち揚げなるものが存在しているので、歌舞伎揚は売られていないそう。
ぼんち揚げ。。。?
ぼんち揚げって何ぞ?

ちなみに、ぼんち揚げすら関西のスーパーでまだ見た事が無いんですが。。。
普通に売ってるものなのかな?

そんな歌舞伎揚がなくなって口寂しボクでした。
おやすみなさい。

敢えて言おう、禿げていると!!

30歳になるまでは禿げてると指差されないように頭皮ケアをしっかりやろうと心がけていました。

↑この一文書くだけでツボにはまって笑い転げてました(笑)

もう30歳なので「禿げ解禁!!」なわけですが、それでもまだまだ禿げに抵抗があるのかもしれません。
なぜなら、なぜならば、未だに頭皮ケアをやっているからです(笑)

「おいおい、もう禿げでもいいんやろ?」
という声がそこかしこから聞こえていますが、ぼくもまだまだ若いってことですかね。

自分の場合、コンプレックスを克服する最も有効な手段は発言して認める、自分に言い聞かせる事ですね。
「ボクはチビだー!!」
と、学生の頃言い続けていたおかげか、いまでは全く気にしなくなりました。
ていうか全然気にしてないし!!

逆に女性関係についてはかなりドライな方なんですが、周囲に「もう忘れた」っていっても全然信じていただけないのはなぜなんでしょうか。。。

別にコンプレックスとかそういうの無しにどんどん発言しても良いような気がするんですがね。
「お前禿げとるなー。」とか。

日本人は良い顔し過ぎだと思うんですよね。
疲れそうです。
現に疲れたとモザンビークのお嬢が言ってました。
ボクは自由人なので全く意に介しませんが。

大人になるって神経が図太くなる事なのね。。。
なんだか大切なものを失っていってる気がするわ。。。

もう春ですね。桜の季節ですね。

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京都に来てから初めての桜シーズンになリました。
楽しみですね。
毎年恒例の新宿御苑には行けなくなりましたが、今年は京都で色々と回ってみようと思います。

だんだん観光客が多くなってきているみたいですので、そろそろどこを回るかプランを立てようと思っていました。
ちょうどそんなとき、夏の旅行用のガイドブックを買いに本屋さんへ行って見つけたのがこちらの本。

これはなかなか良いです。
へぇ、こんなところが桜の名所なんだ、とか、こんなところに桜の木があったんだ、とか色々と楽しめるだけでなく、桜の写真集としてもとてもいい感じです。
ちゃんと足で調べた感じがするこのまとめ方はとても好感が持てます。
そんなわけで大の桜好きであるボクから見てもかなりいい線いってるとおもいます。
普通、写真にこだわりすぎて素人が取れないような写真を載せている写真集がありますが、これはそんな事も無く、やろうと思えば出来そう。完璧なタイミングでの一枚ではなくて雨や曇りの日、光量の足りない場所、生活感のそこそこある場所も載っていて、写真を撮りにいく素人の人が楽しめる良い本だと思います。
他にもいくつか「京都 桜」をモチーフにした本がここ最近出回っていますが、そのほとんどがプロが撮ったプロの撮りそう写真ばかりであまり参考にならないかもしれません。
自分が取れない写真を眺めて楽しみたい方にはそっちの方が良いと思いますが。

という訳で、桜のシーズンに京都へ観光しにくる方に大変おすすめです。

ボクはこの本を使って週末に写真を撮りにいく予定です。
というか、同じ会社で東京に居る人へ写真をプレゼントする予定になっているため、気合いを入れていきます。
雨降らないと良いな。

ローズマリーがない!!(切実)

実はあまり知られてはいませんが(いや知ってる人もいるかもしれませんが)、ボクは料理が好きです。

社会人になってすぐにお弁当男子になり、なった当時はそもそもお弁当男子なんて言う言葉すら無く、男性向けのお弁当関連商品を買おうとするともれなく高校生用か女性用でした。
ボクは迷わず入る量の少ない女性用を購入していた訳ですが、あの頃は社会人の若い男性向け商品がほとんどなかったので、今の人たちは羨ましいです。

その当時、ボクは日曜に作りだめをしていたのですが、作る料理のレパートリーと言えばイタリア料理がメインでした。
シチリア風地鶏のオーブン焼きやら豚肉の岩塩焼きやらなんやら。。。
イタリア料理で欠かせないハーブと言えば、ローズマリー。

ボクにとってローズマリーとは料理を作る上で欠かせない食材の一つな訳です。

そのローズマリーが京都のボクの住んでいる界隈には全くないのです。
なんとも残念。

ここ数週間ほど色々なスーパーへ買い出しにいき探しているのですが、全く見つからず。。。
正直あきらめという言葉が頭をよぎっています。
このままだと実家に「送ってくれ!!」と禁断症状が出ている人よろしく電話してしまいそうです。

なんか、京都に来てから欲しい食材が無い事が多すぎるんですよ。
ローズマリーにしろ、アサリにしろ、ポークソーセージにしろ、実家で生活していたときには当たり前のように手に入る食材が全く手に入らなくなってしまった訳で、大変困っています。

もう少し自転車で遠出して買い出しにいった方がいいのかも知れませんね。

おやすみなさい。

カタ、カタ、ターン(EnterKey)のなぞ。

エンターキーを強く打つって言われたとこがあります。
ボクは特に意識してないのですが、周りの人にはそう聞こえるらしいです。
なんでだろう?
ふとした疑問。

まず、どの指でエンターキーを押しているのか自分の統計をとってみました。

職場のラップトップ→薬指、約20% 小指、約80%自宅のMacBook Pro→薬指、約90% 小指、約10%
MacとWindowsで打つ指が変わっているみたいです。
これはMacのキーボードがさほど大きくないのが影響しているっぽいのと、キー配列が微妙に違う為だと思います。

今までの指摘されたのが職場なため、カタカタターンが大きくなるのは以上の結果から薬指ではなく小指でエンターキーを押しているときになるみたいです。

そこで、カタカタターン(以降、キーボードを叩いてエンターキーまで行く一連の流れをカタカタターンと呼称する。)の最後を小指ですると音が大きくなる理由について考えてみました。

指のストロークが大きい小指に力が入らないと思い、無意識のうちに打つ力が強くなっている手首のスナップを利かせてエンターキーのところまで小指を運んでいる

以上の3つの推測を一つ一つ検証してみる事にしました。

①指のストロークが大きい
中学生の頃からギターを習い始めてまず言われたのが、
「指は押弦したいところにあらかじめセットしておき、最小限の力で押さえる事。また、右手で弦を弾く時も叱り。」
これを一生懸命練習して最小限の力で押さえる、弾くを出来るようになりました。
また、自分のキーパンチを振り返ってみても特に強く叩こうとしていない。

②小指に力が入らないと思い、無意識のうちに打つ力が強くなっている
これも検証してみた結果、特に意識的に強く叩いている事も無く、むしろ中指で叩く時が一番強く叩いているような感じがします。

③手首のスナップを利かせてエンターキーのところまで小指を運んでいる
これは最初辺りかと思ったのですが、スナップを利かせてエンターキーの側まで指を持ってきても、逆にそこでソフトタッチにしている事が判明しました。
意外と考えてるんだなと若干自分に感心しました。

それでは何が原因なのか?
取り敢えず、叩く事に意識せずに、というか同じくらいの力で叩く事を意識してテキストエディタを開きながらカタカタターンをしてみる事にしました。


カタカタターン
カタカタターン
カタ…

Day Oneはじめました

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会社の上司がやっているという話しを聞き、ボクも手を出してみる事にしました。
これが起動後の画面。

で、こちらがTimeline。
天気予報やタグ、ジオタグなんかが表示できます。

次はCalendar。
いくつかの記事を投稿すると、カレンダーにいつ投稿したかとか表示されるようになります。

まあ、なんですかね。取り敢えず、ボクはこれで日頃の鬱憤をまき散らす訳ですね(笑)
というか、最近普段のボクとブログのボクのギャップがありすぎると言われている訳ですが(笑)
ちょっと偏った見方したり、はっきりとものを言わないブログをやってもつまらないと思うのはボクだけでしょうか。。。
ブログごときでムキになっても仕方が無いですしね。

これでEvernoteで出来なくなったライフログやブログのネタ帳的な事をしてみる訳ですよ。
なかなかに使い勝手が良いのでiPhoneをもっている方にオススメです。
自分オンリーのTwitterと考えていただければわかりやすいかもしれませんね。
文字数も適当に数十文字レベルで良いので携帯でもぴょこぴょこ更新が出来る、というように簡単にできるのでいい感じなのと、ボクはやっていませんがジオタグに特化したSNS、 foursquareと連携が出来るみたいなので、自分がどこで何をしていたのか地図を見ながらニヤニヤしたい人にもオススメです。
ボクは地図を見ながらニヤニヤするのが好きなタイプですが、住んでるところや職場を特定されそうなのでやりません。

気になった方は以下のリンクからどうぞ。
https://itunes.apple.com/jp/app/day-one-journal-diary/id421706526?mt=8

YouTubeの設定が難しい

一昨日、人生ではじめてYouTubeに動画を上げてみた訳ですが、設定が難しいですね。

アナリティクスとかはよくできてるなー、と感心するのですが(といっても別に大勢の人に見てほしい訳ではないので、今のところ特に必要としていないのですが)、それ以外のユーザビリティが結構低いように見受けられます。
どうも直感的ではないというか、色々とややこしいというか。
これで動画を上げて収益上げている人とかは本当にすごいと思います。
それで食べていける人もいるのだから、やっぱりこれくらいは活用できないとダメなんでしょうか。

一応、IT業界の末席に身を置いているものとしてはこのくらいでめげていたらやっていけませんよね。

という事で頑張っているのですが、なかなか飲み込めない。。。
これは、あれですか、歳なのですか?
若者の飲み込みの早さと今のボクとではやはり明確な差があるのでしょうか。。。

いやいや、そんな事は無いと自分に言聞かせつつ、頑張っているのですが、やはりなかなかできない。。。
取り敢えず、お気に入りの動画を更新してもTwitterやFacebookの更新が行われないように設定は出来ました。
(というかものすごく初歩的な事だともうのですが。。。)

でも、このBloggerと連携できる日が来るのでしょうか?
来てほしい(希望的観測)、と思う今日この頃でした。

一応、当分は自分の好きなようにやってみようと思います。
それが吉と出るか凶と出るかは知りません。
いや、でも、こういう事も考えていかないといけないんだろうな。

それではおやすみなさい。

そろそろブログのラベルを整理しよう。

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正直、ラベル増やしすぎたと思うんですよ。
完全に管理できてないですね。
やたらめったら増やせば良いってもんじゃないですよね。



改めて見ると酷いですね。
思った事をただつらつらと付けていたような気がします。
ワイシャツとかなんだ?いつ付けたんだろう。。。

これを機に、体系立てて管理する必要があるような気がします。

まずは大きな枠組みで考えてみようと思います。

趣味ビジネス考察
こんなところでしょうか。
これをもう少し細分化して、今まで書いた記事と照らし合わせながら以下の項目に絞り込んでみました。

IT関連音楽関連ニュースアニメライフスタイルビジネスレビュー
ビジネスはビジネスですもんね。細分化しようとすると逆に深みにはまりそうなので、このままにしてみます。

ということで新しく振り分けるラベルは以下の通り。

AnimeBusinessConsiderationHobbyIT TopicsLife StyleMusicNewsReview
英単語にしている理由は主にグローバリを意識しての事です。
あまり突っ込まないでください。

こういうことを整理するのは意外と好きなんですよね。
タグ付けとか意外と長時間やってしまうタイプです。

カメラ付きレコーダ買いました。(OLYMPUS LS-20M)

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そもそもビデオカメラで何かを撮るという行為が学生の頃から意外と好きです。

学生の時、バンドのライブを撮ったりしてました。
ライブハウスでやったり学園祭のステージ撮ったり、銀座のジャズバーでも撮ったような気がします。

全て自分の演奏でしたが、そもそも考えてみると写真は撮られるのが嫌いなんですよね。
なぜ動画はよかったんでしょうか?
謎です。

今回ビデオカメラを買った理由はバンドの練習を撮って確認、振り返る為なんです。
で、音をしっかり取れるのが良いなと思い選択肢に上がったのが、2つ。

ZOOM Q3HD



OLYMPUS LS-20M


買ったのはタイトルにある通り、OLYMPUS LS-20Mです。

ちなみに買った理由も2つ。
値段が安い宮﨑あおいが好き特に、2については結構重要なポイントでした。というか自分の愛用カメラE-P2を買った理由も、、、

という訳で、我が家にカメラ付きレコーダが到着した訳ですが。

何を撮るか困りました。。。
orz

最近よくある"弾いてみた"みたいなのは今はやるつもりが無いです。というか家が汚いです勘弁してください。
なので、この間の記事で書いた、OCDの動画でも撮ってみようと思いました。
この動画は向こうにも追加しておきます。

最近はYouTubeに上げるのも簡単になりましたね。
というか、学生の頃はマシンスペックが低かったせいで、Macをうんうん唸らせながら編集してましたが、なんと今回はほんの数秒でこの程度の動画なら作成できるようになりました。
世界は進歩してるんですね。
ボクも進歩しないと。。。

でも、動画は適当に弾いても良いので楽ですね。
SoundCloudは出来る限り良いものを作ろうとしていつもアップロードを断念してしまいます。。。
いや、だからといって動画では適当に弾いても良いというという訳ではないのですが。。。
難しい。

さようなら渋谷屋根裏

あまり時事ネタをやっていなかったので、折角だから書いてみる事にします。
こういうその時々に考えていた事、思っていた事を書くのもブログの意義だと思うのですよ。

昔好きだった人と一度だけライブを見に行った記憶があります。
渋谷屋根裏さん(ホームページ)の説明によると以下の通り。
渋谷屋根裏の出演者・お客様・関係者様各位へお知らせ

日頃からご愛顧頂き誠にありがとうございます。1997年9月より15年に渡り営業してまいりましたライブハウス渋谷屋根裏ですが、経営状況の悪化により当営業地での運営が困難となりました。
今後このライブハウスが取り壊されるか、または何らかの形で残るかはまだ、次にこの場所を使われる方や、もしくは自分達にまだ何か手を尽くすことができるかにより変わりますが、現在の状況では2013年6月1日の公演を持って渋谷屋根裏としてのイベントを終了せざるを得ない状態です。
私共スタッフとしましては可能であれば渋谷屋根裏を渋谷屋根裏として存続させたい一心ですので可能性のある限り御協力頂ける方を探しております。御力添え頂ける方は御一報頂けると幸いです。

渋谷スペイン坂を上がったところにあるライブハウスで、ボク位のレベル(つまり渋谷嫌い派)になるとよくサイクロンと場所を間違えたりします。

そもそも屋根裏と言えば下北沢、下北沢と言えばサブカル系、オルタナ系のバンドが多いイメージ。
そんなわけで渋谷屋根裏についてもそういう色眼鏡で見ていた訳ですが、実際のところはどうなのか確認しにいく事はもう出来ないのでしょう。
残念残念。

バンドの数、絶対数が減ったのか、それともライブハウスという業態が立ち行かないところまで来ているのかは、実情を知らないのでよくわからないのですが、正直ライブハウスの経営って旧態依然としているイメージが強すぎます。
その業界の慣習で進んでしまい改革が出来なくなって、最近は音楽やっている人口が減ってしまい、結果としてノルマ制とかが跋扈してしまっているような気がするのですよ。
(あくまでもイメージです。)

もっと新しい事にチャレンジしても良いような気がするのですが、それも伝統とか保守層(信者)とかそういうクソッタレに邪魔されてしまうのでしょう。
ロックが主な集客力の箱の人たちはそれがロックじゃない事に気がついているのでしょうか。
渋谷屋根裏さんは何がメイン層なのか知らな…

アナクロな人、アナログな人。

つい先日Evernoteをやめましたっていう記事を書きましたが(Goodbye Evernote)、メモが完全にアナログに回帰しています。
元々アナクロなボク。
DTMも直感的に出来ない部分が多いためイライラします。
イライラ?
イライラというよりはまどろっこしいでしょうか。

仕事でもそうですが、ノートに手書きでどんどんメモや知識が蓄積されてくるとウキウキしてしまいます。
東京で働いていた時はスケジュール等が完全に電子化されていたため、どんどん逆行して手帳にスケジュールを記入していました。
もともと、前の仕事は自分で一日の予定を組み立てられたので、結構手帳に割く時間が多かったような気がします。

今の職場ではいつなんどき仕事が飛び込んでくるか分からないのでそんな余裕もないですし、仕事の予定を手帳に書かなくなった(書けなくなった)ので手帳の中身が寂しいです。

本来ならこのブログに書いているような事も日記として手帳に書いていたのですが、人に見られる事を意識して書かないと修行にならないと思った為、ブログを書いている次第で。

最近ではデジタル化が進みすぎて、パソコンの中やクラウドに上げた自分のスケジュールが分からなくなるとどうしようもないって人が多そうですね。
まあ、ボクもそのうちの一人ですが。

それでもイメージを具現化するのに手書きのメモ以上に優れているものがなかなか無いんですよね。
例えばマインドマップや、例えばアウトラインツールなんかはそれに特化してますけど、それらを組み合わせて自由自在に書き込んだり余白にメモを取ったりするのはまだまだノートが一番だと思うのです。
それをスキャナなんかで取り込むのが一番手っ取り早いような気がしますが、それに追記するのもまた難儀するんですよね。。。

何か素敵なツールを知っている人は教えてください。
こういうアナクロな生き方をしてるから時代に取り残されていくんだろうな。。。
これが歳か。

ここ最近のアニメについて思うところ。

最近、というかここ一年ほどですが、BDレコーダーを買ったので色々と録画しています。
元々アニメが好きだったので色々と録っていたのですが、腑に落ちないアニメが多すぎる気がします。

深夜アニメは特に成熟しきっていない女の子を性の対象にするものが多くて辟易します。
ボクの求めてるものって未来少年コナンとか名探偵ホームズとかに近い感じだと思うのです。
でも最近そんなの無いですよね。
それでも、深夜アニメはまだ良いんですよ。
成熟しきれていない大人にフォーカスを当ててるからだと思うのです。
だからそういうもんだと割り切ればいいんです。

問題は子供向けアニメです。
最近特に酷いと思ったのはガ○ダムとかに代表される、「戦争してるのに戦争を否定するアニメ」です。

この系統のアニメのほとんどが、戦争の中できれいごとをまき散らして人殺しをしないんですよね。
まあ、人殺しをしないのは良しとしましょう。
きれいごとを叫び続けるのもまあ目を瞑りましょう。
でも、この手の作品全てで戦争の中で成長する姿が描かれている事と、「人はわかりあえるんだー!」と叫んでいる人たち(ほとんどが少年)を別の人(大抵は大人)が「そんな事してたら死ぬぞ!」と嗜める。
このプロットは必ず出てきます。
子供に対してこんなアニメ見せたいですか?
ボクは絶対に見せたくないです。
理由は4つ

戦闘の演出をかっこ良く見せようとしている。というか見せ場にしてる。主人公は戦場でわがままを通し大人たちは頭が硬い旧人類として扱われる。何が何でも最後は絶対に戦争否定派が勝つ。最終的に戦争はいけないということに帰結する。

ボク個人の考えとしては、戦いの中で成長して悪を懲らしめるっていう、勧善懲悪型の方が遥かに教育的だと思います。
そもそも先ほど上げた4つの理由は子供の心に大きな矛盾を与えてしまうように感じます。
「ロボットかっこいい!!強くて素敵!!」
「でも、戦う事はいけない事なんだ。。。ボクは戦う事をかっこいいと思うダメな人間なんだ。。。」
こんな事が起こりえると思うのは考えすぎでしょうか。
でも、子供向けだからこそ変にひねくれた事をやらずに、ストレートだけど色々と考えられる余地を残しておくのも良いと思うのですがね。
こんな風にちょっと大人びた内容でかつ、これは良い、これはダメ、といった主題を明確にするのは思考の停止を招くような気がし…

ブログのレイアウトを変えてみました。

今まではシンプルな構成でしたが少し茶目っ気が欲しくなったので変えてみました。
もう少し過激な感じでも良いのかもしれませんが、まあ当分、というか気が変わるまではこんな感じにしていこうかと思います。

とは言っても背景画像だけを変えてみた感じなのであまり変わっている感は感じないかもしれません。

こういうののレイアウト考えるのって意外と楽しいですね。
やり始めて数分で飽きますが。

いつもコーディングしていて思うのは、ひらめきがあったあとに誰か代わりにコーディングしてほしいと思うのです。
解決案ひらめいた後のモチベーションが保てないのがボクの欠点ですね。
アドレナリンが切れてしまうのでしょうか?

そういえばWebデザイナーとか最近聞かないんですが、彼ら今はどこにいるのでしょうか。
こうもデザインが氾濫してしまうとどれを採用したら良いかとか、こういうサイトにはこういうデザインが良いとかノウハウが蓄積されているんでしょうね。
そういうのはやっぱり社外秘なんでしょうか。

そもそもデザインを変えたらアクセス数が増えるものなのでしょうか?
明確な傾向とかが分からないと、日本人は前になかなか踏み出せないような気がします。
そこは力技でねじ伏せるように説得するんでしょうか。
これはこれで面白そうですが、やっぱりWebデザイナーもご多分に漏れず薄給なのでしょうか。

もう少し技術者やデザイナーなど下で支えている人が楽しく生きていけるような社会になると良いですね。
アメリカだと、プログラマーや建設作業者などは高給って聞きますけどね。
社会構造が違うのでなかなか難しいところがあるのでしょうが、下の人間がいなくなったら社会は回らないですしね。
そこは人材を輸入してくるのでしょうか。
でも、下が頑張っても上が無能なケースがおおいからなぁ。

自分は恵まれているという事にして今日はここまでにしておきます。

去ろうとする者の首根っこ捕まえて、来ようとする者は追い返せ

往者不追、来者不拒
孟子の教えだそうですね。
人間関係を上手くやっていくコツみたいです。

最近では自称「往者不追、来者不拒」が増えたように感じます。
まあ、ボクが思うに、常にそんな人はいないと思うのですよ。
でも、真逆を敢えて行こうとする人ってなかなかいないですよね。
漢詩的に書くと往者不去、来者不侵こんな感じでしょうか?
漢文は苦手分野だったのでよくわかりませんが。

今の世の中、執着しない人の方がいい人そうに見えますよね。
ただ、ボクは面白味のない人間のようにも感じます。
他には、他人に興味が無い人や、相手に対して強く言う事を避ける人なんかもそうですね。
つまり何が言いたいかって事ですが、人間関係に疲れている人が多そうってことですかね。
そちらの方が何かと摩擦が起きないから楽って考えているんでしょうね。
安全に済ませてしまう事が多くなってきたように感じます。

FacebookなんかのSNSで特にそれは顕著なのかもしれません。
最近ではFacebookのアクティブユーザの数が減ってきているそうですが、多くのアナリストが言うところでは「SNS疲れが原因」だそうです。
繋がっている相手に対して、自分は良い人間ですよってアピールをしなくてはいけないってことでしょうか?
どんな人間だって人から嫌われる部分くらいあるでしょ。
そのくらい多めに見てあげなよ。
それに、そんなところが出てもだれも気に留めないよ。
と、思うのですが、世間体第一の日本人には難しいのでしょうね。

ボクなんかは、相手の言ってる事がおかしい、理にかなってない、もしくはあまりにもずれてる場合は目上の相手でもガツガツ言ってしまう事が多く、今まで結構摩擦を生んできたと思うのですが、結果状況が改善されれば指摘は歓迎すべき事だと思うのですがね。
往者不追、来者不拒なんてのは自分の周りに自分を理解してくれる人しか置こうとしない、Yesマンだけいれば良いみたいな考え方でとても嫌なんですが。。。
快く思ってない人間の発言の中にも拾うべきところはあるだろうし、学ぶべきところは多いと思うのです。
また、どんなに時間を作っても分かり合えない人、主義主張や信念が異なる人がいるのもあると思いますが、逆にそういう人からも学べる事はおおいと思うのです。
自分が汐留働いていた時の上司は、全く分かり合えない人、話しが全然噛み合ない人でしたが…

割りばしについて

ボクは京都に住んでます。
京都は良い町です。
京都の中心部に住むのはあまりお勧めしません。特に中京区とか。
なぜなら大きいスーパーが少ないからです。飲食店は多いんですけどね。
ちょっと郊外に住んだ方が良いと思います。

今から15年ほど前に京都でちょっとしたイベントがあったの覚えていますか?
第3回気候変動枠組条約締約国会議
所謂、京都会議、COP3ですね。
京都議定書が採択された会議と言えば分かる人もいるかと思います。
ボクはまだ高校生でした。
若かったなー。
まだ髪もふさふさだったわー。。。

その当時、環境問題が盛んに叫ばれていまして、特に槍玉に挙がったのが「割り箸」
そう、今日のお題目です。

その当時、東南アジアの国々で日本が消費する割り箸を作るため大量伐採があちこちで起こっていて、環境に配慮しよう、割り箸を使うのをやめよう、割り箸を使うのは非国民だー、と血気盛んな環境保護者たちが多かったような気がします。
マスコミも散々煽ったしね。
それ以降、どこもかしこも割り箸を置かなくなり、環境に配慮してうちではちゃんとした箸を置いています。って流れになったような気がします。

今は全くこの話し聞かなくなりましたよね?
つい最近どこかでこの話題を耳にしましたか?

きっとみんなが頑張って割り箸の消費量が押さえられたから環境問題にならなくなったんだ!!
と思ったあなた。
Googleで「日本 割り箸 消費量」で調べてみてください。
以下のサイトがヒットするはずです。
ボクは優しいのでリンクを置いときます。
全国地球温暖化防止活動推進センター

減ってねーよ(笑)
むしろ微増してるじゃねーかこれ(笑)


ここでボクが思ったこと。
ファッションで環境活動するな。マスコミも煽ったりしないで報道するなら真剣に腰を据えて向き合え。ちゃんと削減に取り組んでいないので見ようによっては環境問題なのかすら疑わしい。行政もやる気があるならちゃんと規制するとかしろ。日本人は本当にファッションで活動・運動をしすぎてるような気がします。

このまま行くとあれですよ、原発反対運動ですら誰も見向きしなくなりますよ。
そのうち「原発の事故起こったけど、もう安心なんだよね?」って思い始める人が出てきますよ。
すでにいますかね?

本気で日本をよくしようと思った場合、日本人は飽きっぽいというのが最大の障壁のような気がします。

負けねえという意志

負けず嫌いここに極まれり。
というくらい自分は負けず嫌いです。
でした。
子供の頃に父親から徹底的に叩きのめされて勝つことに貪欲だったからかもしれません。
心の中でこういう父親にはなるまいと誓いました。

20代も半ばを過ぎると、それが変な方向へ向かってしまったのか、
「自分は人間的に周りの連中よりも優れている。だから全然負けていない。」
という変な自信がつき始めました。

病んでいたのか?
それともどこかで吹っ切れたのか?

まあ、吹っ切れたんでしょう。
まだ20代特有の若さが合ったのかもしれないですね。

最近は様々な経験をしていくうちに「名を捨てて実を取る」という生き方に変わってきたかもしれません。
功名心よりも、自分が生きてる周辺の環境がよくなればいいよね、周りが笑顔だったら楽しいよね。という考え方に変わってきたかもしれません。
それもこれも、いろんなところに行って、いろんな人と会って、いろんなことを考えた結果なのかもしれないです。
今まで海外に何度か行きましたが、ポルトガルのおばさんと仲良くなって一緒に飯を食ったり、イタリアのお姉さん方とあんまり言葉が通じないけど馬鹿みたいに騒いだり、アメリカの幼女から何度も何度も飴をもらったりキスされたり。
そんな風に世界をみてると、大切なのってダイバーシティーなんだなぁと思うのですよ。

勝ち負けよりも大切なことがあるんだなぁ。。。


俺は牙を抜かれた虎か!?

あほか!!
反吐が出るわ!!
こんなきれいごと誰でも言えるわ!!
世の中には良いこともあれば悪いこともあるわ!!
負けた人間は道に落ちた残飯くうはめになるわ!!
海外回って何人もの乞食を見てきたわ!!
実力と運があれば少しづつでも上にあがれるわ!!


まあ、何事もバランスですね。
バランスが全てとも思ってはいませんが、きれいごとばっかり言っても世の中は回らない訳です。

自分は、きれいごとばっかり言ってる人や、斜に構えて世の中見てる人たちや、低きに流れるような人たちには負けたくないですね。
本当のダイバーシティーって言うのは、負けないことだと思うのですよ。

背中を追うって言う意味が何となく分かりました。

うちの会社の人事考課のようなものが始まっています。
生まれて初めての人事考課はスターバックスでバイトをしていた時で、店長さんとお話をすることでした。
内容は
店長「ほんとお前は仕事ができるなー。」
ボク「えへへ(照れ」みたいな感じでした。
まあ、バイトだからこの程度ですよね。

社会人になってみると意外と人事考課で求められる物がシビアになって、「自分の成長についてどう考えているか」とか、「キャリアプランを提示しろ」とかが多くなりますよね。
特によく聞かれる、言わされるのがあなたは3年後どうなっていたいですか?でしょうか?

前職でもこれをやらされていたんですが、3日間考えてもさっぱり出てきませんでした。
そうすると、社長から結構ダメ出しされた物です。
「こういうことを常日頃考えていないと社会人としてはまずいぞ。」的な。
真剣に考えた結果、ボクの出した結論は
3年後はこの会社を出よう
でした。
まあ、見事出てしまった訳ですが。

今の会社でも今から2年までのキャリアプラン、2年以降のキャリアプランを書くことになったのです。
最初は
「えーー、またこれやるの。全然思いつかないから嫌なんだよね。」
っていうのが頭にありましたが、いざやってみるとかなり具体的に考えられている自分がいてびっくりしました。

結論から言ってしまうと、上の人がしっかりと自分の前に立ちはだかっているからでしょうね。
これはでかいな、と今日思いました。

この人たちみたいな成果を出したいとか、この人たちの後に続きたいとか、この人たちの考えはもっともだと思うからそれを下の人たちに伝えていこう、とかスラスラ出てきて、それを実現させる為にはどうしたら良いか、みたいなことが具体的に想像できるんですよね。

前職では上記のようなことが全くと言っていいほど無かったと思います。
「3年後?ここにいたら今と全く同じことしてるんじゃないですかね?」
という思いがとてつもなく強かったですし、見事にその通りでした。
社長にしても取締役にしても、この人みたいになりたい!というような存在ではなく、一緒に仕事をしているパートナーのような位置づけでした。
むしろ欠点が多かったため、
「上から目線でもの言われてるけど、この人より自分の方が秀でている部分はあるし。」
とか普通に思っていた訳で。
だからこそ上司を立てなきゃ!と思ってはいました。。。

死んだら偉くなるって、素晴らしい糞ですね

イメージ
ドラマーでランキング付けをすると必ずと言っていいほど上位に食い込むこと(特に1位)が多い、ジョン・ボーナム。
別にジョン・ボーナムがドラマーとしてはダメだとは言いたい訳ではないのですが、LedZeppelinのファンは大嫌いなのでやり玉に上げさせていただきます。
(キースムーンは大好きなのでスルーします)

ロックドラムのパイオニア的な存在だと思いますが、テクニックはもっと上の人がいるでしょうし、もっと画期的なドラムを叩いている人もいます。
彼の評価が高くそして揺るぎようがない最大の理由は、若くして死んだためでしょう。
彼の成長したドラミングは聞くことは出来ません。
円熟したドラミングは聞くことが出来ません。
むしろそれが良いと思う人がいるかもしれませんが、ボクから言わせると糞くらえですね。

それだと長く生きて高いパフォーマンスを上げている人はダメなんでしょうか?
絶頂期に死ねばその評価は揺るぎようが無いのでしょうか?
もし彼が死なずにその後酷い人生を送っていた場合、評価は下がったのでしょうか。

結局評価を下す人間の主観が入ってしまっている訳ですが、ボクが問題だと思っているのは、その主観があたかも侵してはならない聖域のようになっていることです。
「取り敢えず、ジョン・ボーナムを最高のドラマーにしておけば良い。扱き下ろすと色々と面倒だ。」
と思っている人は少なからずいるはずです。
Zepファンは特にめんどくさい、いかれた人々で有名ですからね。

その聖域が、業界全体に重く伸し掛っているのはどうも風通しがいいとは思えないんですよね。
むしろ音楽なんて言う感覚的な部分がほとんどをしめるような物の場合、反動勢力が現れても良いような気がするのですが、そこはリスペクトという言葉に逃げるのでしょうか?
ロックじゃないですね。

ロックドラマーをやっている人たち、もしくはこれからロックドラマーになる人たちにはこういった状況を覆すロックな生き方をしてほしい物です。

英語を勉強しなければならないというプレッシャー

昨日の昼過ぎに会社の英語のテストを受けました。
惨憺たる結果に終わった訳ですが、マジで勉強しないとまずいですね。
焦りが半端ないです。

もともと学生の頃に外人さんがよく来るところでアルバイトをしていた訳ですが、その頃は結構英語喋れたと思うんですよ。
特に、初めて海外行った時は完全に英語脳になって向こうの人と受け答えできていたので、楽しくてたまらなかったです。
それも今や昔、完全に英語が苦手になってしまいました。。。

そういえば去年は転職活動、新環境で忙しく海外に行く余裕が無かったです。
今年の夏はどこかに行きたいと思います。
文化財とかがいっぱいあるところが良いですね。
英語も使えるところだと嬉しいです。
欲を言えば近場が良いです。
そうなると香港とかが有力なんでしょうか?

実際にそういう環境に身を置かないと言葉って喋れるようにならないと思うんですよね。
ただ、文法に関しては環境云々ではなくちゃんと勉強しなくてはならないので、結局はやらないと行けないんですよね。

そういえば、外国語をちゃんと勉強したのは2年前の日仏学院に通っていた時が最後ですね。

世の中には英語の勉強法が信じられないくらい一杯ありますが、一体どれが一番自分に取って有効なんでしょうか。
人間には9つの勉強のタイプが居るらしいです。
それぞれ自分に取って最も有効な勉強方法が違うらしいです。
人によっては書かないといけなかったり、読まないといけない人がいたり、音読しないとダメな人がいたり。
ボクはどちらかというと反復練習しないとダメなタイプだと思います。

結局は英語漬けの環境に身を置かないとダメということですね。

最近、Soundcloudを始めましたが(最近は曲作りが出来ていないので全く触れていません)、サイトの構成自体が英語なのでここで海外の人とふれあって英語を使う状況を自分から増やしていきたいと思います。

なにか英語の勉強方法でボクにあいそうな物があったら教えてください。

気の抜けた炭酸飲料が好きなのか、それとも炭酸が苦手なのか

コーラを買ったら、冷やす前に速攻で封を空けます。
飲まずにそのまま冷蔵庫へ。
2〜3日経ったら飲み頃。

ちょっと気の抜けた具合が最高です。

そもそもボクは炭酸飲料がそこまで好きではないのかもしれません。
とくにビールは苦手です。
飲み会の席で許されるのであればビールは飲みません。
でも「お前もビールだよなっ!!なっ!?」的な人が居るときには我慢してビールを飲みます。

そもそも炭酸飲料が嫌いならコーラを買わない方が良いのでは?と、思うかもしれませんが、コーラの味は好きです。
ボクはそんなわがままボーイです。

そもそも気の抜けた炭酸が好きなのか、それとも炭酸飲料が苦手なのか。
大いなる謎です。

子供の頃、というより高校を卒業するくらいまで炭酸飲料は一切飲めませんでした。
あのプチプチした感じがビールを飲んだ記憶を呼び覚ましたからかもしれません。
ちなみに子供の頃(およそ3歳)、父親に無理矢理ビールを飲ませられ死にかけました。
今でも倒れた時の意識が薄れゆく感じと、黄ばんだ畳に顔を押し付けている記憶があります。
それで炭酸が苦手になったのかは分かりません。
でも、トラウマはあったような気がします。
周りの大人がアル中ばかりでビールにいい印象が無かったのも事実です。
ビールの飲み過ぎで通風になったり糖尿病になったり食事制限や薬漬けの人を見てるとお酒は嫌いになります。
そう考えると、ボクはアルコールを嫌う理由は何となく分かったような気がします。
アルコールもタバコも女もドラッグもやらない。
なんと健全なロッカー(笑)
最近、食事がおいしくてブクブク太り始めたんですが、ちょっと売れたロックミュージシャンっぽくて気に入ってます(笑)
そろそろスーツが苦しくなってきたのでダイエットを始めた方が良いかもしれませんが。

閑話休題

実はいつも家の冷蔵庫の中にコーラが入っているのですが、もしかすると炭酸飲料が好きなのではなくてコーラが好きなのかもしれません。
他の炭酸飲料を飲んでいる自分があまり想像できません。
コンビニに立ち寄ってペットボトル売り場に目新しい炭酸飲料が無い限りコーラ以外の炭酸飲料には手を出しません。

ということはあれか。ボクはコーラが好きなのか。
コ○コーラが好きなのか。
そうかそうか、そうだったのか。

ということで、炭酸飲料は嫌いです。

Goodbye Evernote

先週の話しですが、Evernoteのアカウントとその認証関連の領域がクラックされたらしくパスワードの強制リセットが行われました。
やっぱりクラウドって危ないよね。と思わされる事件でした。
この記事では問題の背景や状況等は一応書きません。自分で調べてください。

ボクはいつもライフログや食べた物なんかの写真を撮って履歴を取っていたんですが、パスワードリセットをされてからデータをローカルに移し替えてEvernote上からは削除しました。
やり過ぎ?と思われる人も居るでしょうが、ほとんどのデータにジオタグがついていたので、公開していなくても自分がどこで食事してどこで買い物してたとか丸わかりなんですよね。
通勤するときに使う道とかも見る人が見ればすぐ分かるでしょうし、ということもあって削除しました。
そもそも今回漏洩した情報がかなり深刻な内容。
楽観視してる人はもう少し危機感を持ちましょう。

今回はEvernoteでしたが、クラウドってやっぱり危険と隣り合わせなんですよね。
特に他のクラウドサービスと比べてEvernoteなんかはビジネス用途に使っていた人も多いのではないでしょうか。
そういう意味では狙われる確率は高かった訳で。
Dropboxは今のところ別に不正アクセスされても全く問題ないです。

ということで、
「ボクはEvernoteから卒業します(ソツギョウシマス」

今日はもう寝よう。

若い頃に「偽善」という言葉を使いたがる習性について

偽善(ぎぜん)とは、善良であると偽ることをいう。また、これを行う者は偽善者とよばれる。外面的には善い行為に見えても、それが本心や良心からではなく、虚栄心や利己心などから行われる事を指している。腹黒いやゴマすりや食わせ物という表現もある。 また、偽善者と偽君子(ぎくんし) / 似非君子(えせくんし)の表現(意味)を誤って(混同して)使われている場合がある。和英辞書では偽君子(snob)も hypocrite とされている場合がある。
Wikipediaより引用
ボクもこの歳(三十路)になって色々と丸くなったと思いますが、納得がいかないこと、釈然としないこと、不快になってしまうことがいくつかあります。
特に言われて気分を害するのが「やらない善よりやる偽善」とかですかね。
虫酸が走ります。
20代後半にもなってまだこんなことをのたまっておられる方がいらっしゃることに愕然とします。(長ったらしい尊敬語を使っているのは皮肉です)
特に酷かったのが一昨年の東日本大震災後、同年代と思しき人たちが「やらない善よりやる偽善(キリッ」とかネット上に書き込みをしていたことです。

高校生くらいならまだ「ああ、可愛いな」とか思えます。
大学2回生くらいでは「まあ、ボクも成熟が遅かったしよくわかる」と思ったりします。
社会人2〜3年目になると「もうそろそろ卒業したほうが良いと思いますよ」と思い始めます。
さすがにもう30代に差し掛かるいい歳した大人がそんな考え方をしてるのかと思い、寒気がしました。

この言葉の何が嫌かと言うと
別に良いと思ったことならやれば良いじゃねぇか。
偽善って言葉で逃げ道作ろうとしてんじゃねぇよ。と思うからです。

自分がよかれと思ってやったことに対する批判をかわす為の方便にしか聞こえないという。
良いと思ってやったことなら胸をはっても良いと思うし、もし何かしらの問題を指摘されるまで気づけなかったとしても、問題が分かれば対処できるでしょ。
むしろ指摘してもらえば、もっとよくなる可能性がある訳だから、喜んで受け入れれば良いのに、なぜ逃げようとするのでしょうか。
リスクや責任から逃れて得られる物は少ないと思うのですが。

そもそも上記のいい歳した方達がおっしゃってた「やらない善よりやる偽善(キリッ」は何がしかの行動とセットになってました。
例えば募金だったり、支援物資をおくったりだ…

【考察】ボクはネット弁慶なのか?

普段、よく、「おとなしい」「素直」「正直者」と言われている私ですが、果たしてボクは本当にネット弁慶なのか考察してみる事にしました。

ちなみに、
ネット弁慶とは
ネット上では強気の発言を繰り返しているのに、実際に会ってみると(あるいは、現実の生活では)おとなしい人のこと。内弁慶のもじり。
IT用語辞典 e-Wordsより引用
つまり、ボクが実生活上はおとなしく、かつネット上では過激な発言をしていれば必要十分条件がそろう訳です。

まず、ネット上で過激な発言をしているか確認します。
今までのブログの記事で過激と思われる物をピックアップしてみました。

スタバでどや顔Macは根絶できないのか?学歴ロンダリングってなに?美味しいの?
このくらいですかね?
確かに見方によっては過激かもしれません。でもこのくらいの事は普段から言っているような気がします。
特にボクの負の琴線触れた人はけちょんけちょんにしているような気がします・・・
ここを見ている人でもボクから結構厳しい言葉を投げつけられた人もいるかとおもいます。
相手に対して言うだけ言うとケロッと無かった事にするのがボクの悪い癖。

ブログを再開するにあたり、色々と考えるところがあったのですが、やはり折角何か文章で残すのだから少し振れ幅の大きい事を書いた方が良いような気がしました。
特になんでもない当たり障りの無い事を書いてもそれは書き留める必要の無い、常に自分の中にある考えであって、ちょっと極端な考え方をした方がそれに対してのアンチテーゼであったり補追的な考えに発展できたりする訳です。
そうでないとある意味ただの思考の墓場になってしまうと思うのです。

結論を言うと、
「ボクはネット弁慶ではなく、むしろただのやんちゃ坊主。やけどをしないように気をつけます。」

iBookstoreが始まったんだってさ

iPhoneやiPadを使っていない人には全く関係のない話題。
iBookstoreが始まったそうです。(Appleのサイト
iTunesから本を買えるらしい。

漫画なんかも結構品揃えがあるみたいで、ジョジョやドラゴンボールなんてタイトルも確認できました。
でも、集英社さん、値段設定がかなり強気ですね。
こういうのって完全なデータじゃないですか。
アナクロなボクには正直、データで本を持っていても所有してる感はゼロですよね。
いや最先端を生きている人たちももしかしたらそうなのかもしれないですが。
それに、印刷とか製本とかしてない分もっと値段が安くなっても良いような気がするんですが。

出版社と著作権者にだけお金が流れるという構図はつまりDTP業界にとっては困った現象である訳で、こういう本のデジタルコンテンツ化がささやかれ始めた時から問題になっていましたよね。
で、DTP業界がこの先生き残るにはどうしたら良いのでしょうか?
というより、どこを生き残る為のターゲットに展開していくかが、各企業の得手不得手によって分かれてくると思うので、動向を追うと面白そうですね。
こういった流れが加速すればするほど新たなビジネスチャンスかもしれないですよね。
それとも、もう既に始まってるのかな?
きっと、そういうことを見越して、とっくに動き出しているところもあるんでしょうね。

業界の枠を超えて、技術提携したりM&Aがあったりその業界で生きている人には、色々と考え方を柔軟にしていかないと行けない問題なんでしょうが、ボクは他人事だしね。
いや、そうでもないか。
一応そういうことを考える企業に属している訳だし。

始まる物もあれば終わる物もある。
今を精一杯生きるよりも、常に色々な方向を向いて、考えて自分の世界を押し広げていくことが大切なんでしょうね。
だからAndroidを使っている人も、iPhoneを触ったことが無い人も、ちょっとは気に留めてみたらいいんじゃないですかね。

今日は疲れているのでこれ以上この件で掘り下げたりしません。

おしまい

今更ですが帰省してました

いい感じに疲れましたね。

さすがに新幹線に乗るのもなれていました。
東京駅は色々とお土産を選べるので楽しいです。

京都駅に戻ってきたら観光客向けのお土産屋さんで自宅用のお菓子を買うのが若干楽しみです。
家の側にも色々と有名な老舗があるのでそれはそれで楽しいのですが。
ちなみに今回は葛湯とおしるこを買って帰りました。

今回、帰省するにあたって何人かの方に連絡をとり、飲みに行こうと思っていたのですが、結局誰とも都合がつきませんでした。
今回誘わなかった方はGWにまた帰省するので誘うかもしれません。
その際はよろしくお願いします。

ここ数回の帰省でパターンが出来てきたのか、夜は映画、昼は新宿の喫茶店、というような感じです。
今回の帰省で観た「レ・ミゼラブル」は衝撃でしたね。
本気でオススメです。
あの時代、特にフランス革命からの流れは自分も何度か勉強していたため、非常にくるものがありました。
フランス革命って「自由、平等、博愛」を掲げながら内部分裂で殺し合うとかマジで鬼畜ですね。
その後ナポレオンの時代に突入していく感じ。たまりませんね。
この件は別の機会にゆっくり考察していきたいと思います。

今回の帰省はかなりの強行軍であったため、かなり疲れました。
ボロボロで帰宅して、家事して寝たら出勤とか結構つらかったです。
でも、この感じ嫌いじゃないです。
別に実家が好きな訳じゃなく、首都圏に遊びにいくベースキャンプがあるって素晴らしい。
まあ、地元に帰ってくると「あぁ、自分の原風景だな。」と感じることがあります。
むしろ最近、実家に帰るとどんどん居場所がなくなってきている気がします。
うちの犬もボクから逃げる度合いが増したような。。。

実家を本格的に出たのは今回が初めてですが、いや楽しいですね。
良い町ですね京都。
皆さんもたまには遊びにきたら?

めざせ「はんなり男子」

もう既に男子という年齢ではないというのは重々承知していますが、折角京都に居るので京都っぽい何かを得て帰りたいと思っています。(いつ、どこに帰るのかは知りません。もしかしたらもっと遠いところに旅立つかもしれません。)

京都に来るまではんなりという言葉を知りませんでした。
知ってましたか?はんなり

全国的に有名な京ことばの一つ「はんなり」。この言葉の語源は 「花なり」の略ということであり、文法的には、花(華)に状態を表した接尾語「り」が付いて、撥音化し強められた語 (京ことば辞典引用) となっています。
はてなキーワードより引用

ちなみに、京都にはプロバスケットボールチーム(bjリーグ所属)の京都ハンナリーズというのがあるそうです。
ホームページ

つまり、華やかさが必要ってことですね。
華やかさかぁ、あまり持ち合わせていないのですが・・・

華やかかどうかは分かりませんが、最近女子力が高いとよく言われます。
職場の人や友人、美容師さんに「女子力が高い」と言われています。
スイーツなど美味しい物が大好きですし、可愛い物やお店を探すのもライフワークの一つです。

「はんなり男子」を目指すにあたって、この女子力の高さを活用し、もう少し男らしさアピールをしてみたら良いのでしょうか?
ふと思ったのですが、最近職場の人から借りた漫画「おとりよせ王子 飯田好実」にも全く同じような話しがありました。
考える事は一緒ってことなんでしょうか?
それとも女子力が高いと言われている男性が安易に飛びつきやすい結論、方法論なんでしょうか?

少なくとも、ボクは女子力を否定している訳では無いのです。
あくまでも目的は「はんなり男子」なのであって、女子力から脱却したい訳ではありません。
むしろ女子力だとか〇〇力が高いに越したことは無いのです。
色々な力を身につけて適宜その力を発揮していけばむしろ無敵!!

という訳で、普段から「はんなり」っぽい力を出せば結果として周囲から「はんなり男子」と認識されるはず!!

「はんなりっぽい力」って何なんでしょうか?
華やかさ力ってやっぱり持ってないような気がするんですよね。

この歳になってもよく「可愛い」と言っていただいています。
好意的な意見なのでこれはこれでとても嬉しいのですが、当面の目標はこれ状況を打開することでしょう

Like a rolling stone

イメージ
Like a rolling stone



みんなが知ってる、けどよくわからない。 別にボクはボブディランが好きな訳でも、Like a rolling stoneが名曲だとも思っている訳ではないです。(こん事を書くと方々から非難を受けそうですが。) 一つの時代の区切りとしてこんな曲があった。ロック史の転換期だった。一つの革命だった。ということはあるのでしょう。 というかロック史というものを必死に勉強したりご高説している人の多くがそういってるから、世間一般的にはそうなんでしょう。 ただ、今の子供たちの心は打たないでしょうし(だって野暮ったいしね)、 きっと退屈しちゃうでしょうし(だって曲が長いもんね)、 おそらく眠くなっちゃうでしょうし(だって疾走感がないからね)、 色々と総合してみてもあの時代の曲であって今の時代の曲ではないと思うのですよ。 昔どこかの誰かさんが、 「どんなに時代遅れでも世代を超えて後々まで名曲と言われるものはある。」 なんて事をおっしゃってましたが、彼の上げていた曲はせいぜい数十年前の曲でした。 人間はもう何世紀も前から音楽活動をしてきてクラシックでもない限り(というかクラシックは音楽というよりもある種の伝統芸能だと思っていますが)何百年も前の曲を聴かない訳ですよ。 民謡・童謡も多くが時代時代にアレンジされ今に残っている訳ですよ。 音楽というのはほぼすべてが時代を映す鏡で、その時代時代の世相を反映しているのであって、ある楽曲が生まれてから人類が滅ぶまで支持される曲など無いのですよ。 "かつての"名曲はあっても、"いつ何時も"名曲である物はこの世に存在しないのです。 今でこそ何十年も前の音楽を手に取って聞けるようになりましたが、そう出なかった時代はその時々に合わせて淘汰されてきたと思っているのですよ。ボクは。 だからこそLike a rolling stoneなわけですよ。 過去のこととか先のことはどうでもよくて、今やりたい音楽をやるんですよ。 今日は砂漠の西嶋的に攻めてみました。

もう少し推敲をしよう

ブログを再会してからもう20日がすぎました。

今まで投稿した記事を振り返り、そうかあの時はこんな事考えていたのか、とか、結構真面目に書いてるな、とか、やっぱり自分はいい加減だな、とか、色々と考えさせてくれます。

正直、一つだけ問題があるとするならば、全体的に書きなぐっている記事になっているのでもう少し推敲をした方がよいと思いました。
というかしよう。

そもそもこのご時世。廃れたブログと言う文化に再度足を突っ込もうと思ったのは、自分の頭の中の徒然を整理するのと、頭の中で考えている事を文章する練習の為だったはず。
もはや練習にすらなっていないという(笑)

もう少し真面目にやっていきたいと思います。

でも真面目にやるならちゃんと文章構成考えたりしなくてはいけなかったりするとおもいます。
ピラミッド型で物事を考えて・・・
この場合はボトムアップで構成を作って・・・
この記事を書くときには帰納法が良いけど、こっちの内容を書くときには演繹法の方が・・・
という事をいちいち考えていたら記事を書き上げるのに何日もかかってしまうような気がしているのですよ。
自分は馬鹿みたいなところで真面目にやろうとするのがいけない事だと思うのですよ。

取り敢えずは目標である一日一記事をやること。
書くネタがなくなってきたら無理矢理にでもニュースや雑誌から引っ張ってくること。
でも時事ネタは結論がありきたりすぎて面白みが無いし・・・
周りでおきた事を書くといつの間にか仕事のことに踏み込んでしまいそうで怖い。

まあ、ボクの日記帳なので周りに迷惑をかけなければ好き勝手にやれば良いのです。
でも推敲はします。
あとちょくちょく記事を修正するかもしれませんのであしからず。

尖ってていい、尖ってるくらいがいい

人生にはとんがりが必要です。

とんがり?っと思われた方も居るでしょうが、まあここではこだわりや信念や譲れない何かと考えてください。

最初はただの点で、生きていくうちにいろんなベクトルに意識が向きますよね。
そうなるといびつな星形になっていくと思うんです。
人生経験を積めば積むほどいろんな方向にとんがっていったり、とんがりととんがりの間がうまったりすると思うのですよ。
そうこうしていくうちに大きな図形になっていくと思うんです。

人によってはいろんな方向を見た結果丸に近い形をしていたり、ちょっと角ばってるペンタゴンみたいな形をしていたり、ものすごく刺々しい形をしていると思うのです。

でも、何もせずにただ小さな点まま目と耳を閉じ、口をつぐんでいたらただの点で終わってしまいますよね。
2次元にすらなれないような気がするのです。

中には「いや、目と耳を閉じ、口をつぐんでも経験できる事、見えてくる世界がある。」と思う人も居るかもしれません。でも、そんな風に思える人は目や耳を閉じてないですし、そもそも口をつぐんでないです。
意見を言える、ある意味点だった状態からとげを作った人ってことだと思うのです。

そんな事生きていれば誰でもやってるって?

確かにその通りだと思います。ただボクは、とてつもなくでかくて遠くまで届く尖りを作った人にしかたどり着けない境地があると思ってます。
原点からあまり動かず小さな図形しか作れない人はその分汲み取る力も無ければ、小さな世界からしか答えを拾って来れないと思うのですよ。
とてつもなくでかいとんがりをいっぱい作って押し広げていけば、今まで見た事が無いくらいの多くな世界が出来上がると思うのです。

何が言いたいかって?

世界は自分が思っている以上に広い。
遠くに行きたいんです。